桑原崇寿のちょっと一言

ドッグライタ−の桑原先生が不定期ですが思ったこと・感じたことを書いて下さいます

    第 1 回


日本犬界の最新

                                     
 ドッグライタ− 桑原 崇寿

 2006年、日本畜犬登録数が1200万頭超になった−と公表された。
小学1年生の時から66才になった今日まで犬を愛し飼い続けてきた私とすれば “愛犬家が増えた” 事には 誠に結構時代で心嬉しいしかし国からの発表のこの数字には無登録飼い主や捨て犬の数は含まれていないので、実数は異なる− と言うよりかなり上回るはずである。
飼い犬の生涯登録料を納める事や捨ててはならないと言うのは飼い主の義務であり責任である−従って違法者と言えるわけで愛犬歴59年を数える私としては絶対にこれらの違法者は許せないし、愛犬家の風上にも置けない存在である。
違法を探索追求していくと繁殖業者・流通販売業者・獣医師の中にも許し難い人もいる。 
近親交配や流行犬急増繁殖をして不具身障犬を作出したり流行が過ぎれば親犬を山中や保健所にに不用犬として連れて行き合法的に殺処分する鬼畜にも劣るブリ−ダ−の存在。
ペット先進国に“人と犬とのよりよい共生の在り方”を学ぼうとはせずに、“売れれば良い!”と流行犬に拍車をかけて儲け一直線で、誰彼かまわずに売るペットショップの存在・・・。また近年の小型犬ブ−ム到来に売りまくっている業者の中には「日本では狂犬病は発生してないから・・・」と登録料や法定の狂犬病の注射義務行使まで履行しなくて大丈夫”などとオ−ナ−にうそぶいている店もあると言う。
言語道断−と激怒する耳に“その費用” で当店お推めフ−ドと犬缶をぜひ!− との情報がオマケに聞こえるに至っては、(プロ犬界地に落ちたり)・・・と嘆息せざるを得ない。

 愛犬家の中にも言語道断、本来なら犬を飼ってはいけない、資格の無い飼い主も数多くいて、私自身散歩中に数え切れないほどのパトカ−要請をしてきているのが実情である。
その実態例の多くは糞の後始末 やノ−リ−ド散歩者である。
小型犬の散歩中の主婦に「後始末しましょうよ。糞の後始末は今は条例でなく法的義務なんですよ。飼い主は・・・。」と忠告する私。返ってきた答えが「こんな小指の先ほどのウンチじゃないですか・・。ところでお宅は?」である。 忠告とは真心をもっていさめる言葉である・・・。
この答えに少林寺拳法の訓えである正悪の見極めの項に火がついた私が激怒!! − 通行人多数の見守る中で「以後気をつけます・・・。」と飼い主に言わしめる。
私は執筆業のため良く徹夜をする。早朝3頭の愛犬に散歩をせがまれるので車で市の広大な公園(犬連れ可の所)に連れて行き澄んだ朝の空気を楽しむ。こんな時、2頭のシェパ−ド犬の突然の襲撃に会ったり、リ−ド散歩の我々の周りにいつの間にかノ−リ−ド犬3頭のミックスたちが取り囲み攻撃態勢をとる・・・など例をあげたら切りがない。
こんな時せめて飼い主があわてて飛んできて申し訳ないと謝罪のひとつも言えば良いのだが。
何十件もあった中でこのようなことは 2〜3件で 大半は自分では もはや対応出来ないため傍観したり、こともあろうに遠方へスタコラと逃げ出したりするのである。犬同士のケンカ− ラブ犬やゴ−ルド犬の大型犬同士や中型犬の犬たちの本気の咬み合いを果たして人間が止められるか・・・?男の私でさえ危険を感じて出来かねる。
放し飼いは・・・ 「つなぎなさい!」  私の怒声に詫びの言葉もなく自転車で逃げていく者 中には「あんたは職権があるのか?」と減らず口で応戦してくる者までいる・・・。気分の良いはずの早朝散歩が一転しての口論となる・・・依ってついにパトカ−要請の手段となるのである。
だが、「動物飼育法第○条に則り・・・・・」と警官が、その者に注意罰則で戒めるか・・・・と言うと驚く事に未だ飼育法を知っていた警官はゼロであった。(何たることか!法の管理者)日本の各条例や法律の多くに見られるザル法をこの時痛感する次第である。

 獣医師界の人々とも多くの交流交歓を重ねてきた。自らが愛育する犬のすばらしい主治医の先生であって欲しいと願うのは愛犬家ならば誰でも同じである。 
しかし現実にはペットブ−ムで急増した飼い主の中から耳を疑うような情報が入る。
「当院は純血犬のみ診ます。雑種犬は他の患者さんがいやがりますのでご遠慮下さい」
  「電車にひかれて相当時間が経っている・・・腐敗菌がいるかも知れないので当院では応急手術の切断だけはするが入院はお断り」 「ある病院に保護犬を連れて行ったら病状や処置法の相談が一言もなく、その日に再び訪れたら勝手に足を切断された。」など、やはり、このような獣医師の風上にも置けない者も存在しているし、手術代トラブルや避妊手術施行の失敗による愛犬・愛猫を死亡させられた例など例話は書き切れない。
愛猫の命を救うために存在している職業人のプロとして、またそのことで生計を立てている身である事を胸に手を当てて考えて欲しい。もし該当する医師ならば改めて欲しいものである。 

 加藤氏と私は、12年のおつき合いになる。氏の活動が新聞に載ったことで接見を申し出た事に始まる。 私は保護活動というものと実態を氏から知った時、驚きと憤りに全身が凍った。
以来、活動へのささやかな応援を家族ぐるみでサポ−トさせてもらっている。

捨て犬・捨て猫の実態は幾度も同行した際に見聞した。里子として引き取った犬・猫を即、変質的行為で虐待したり殺害したりする里親?もいれば、管理不十分な飼い方で里子の犬を逃がしてしまった里親?が逃がしもせずに平然と「バカ犬でした」と氏に報告(厚生労働省の女性職員)する者もいたり 屋外飼育里子の周囲に糞の山を積み上げて飼うフラチな者まで・・・。
 
あきれる反里親と呼べる者まで−残念乍ら、犬を飼うという同じ立場の私には考えられない例話の数も多く、氏の嘆息は、活動20年経った今でも続いているのが現実である。
「唯一救いなのは活動へのボランティアの方が増えたことです」と氏は安堵のホッと息をつく。
犬の平均寿命11歳半と言うニュ−スは私にとってな大変嬉しいことで、飼料メ−カ−の飛躍的進歩発展に伴う飼育管理や住環境の進歩と進化が成した結果と言えよう・・・勿論、獣医界の著しい進歩もあってのこと− いわば日本の犬界全般がペット先進国と言われる欧米諸国に追い付け追い越せの信念をもった努力が開花したものと言える。
しかし、その明るい発展の裏面には一考を要する現実も多々あって私は渋面をつくっている。それは長寿・健康をキャッチフレ−ズにした高級高額飼料の急増で(何もここまでしなくても)と首をひねらざる得ないフ−ドがズラリと専門店やホ−ムセンタ−の売り場に並ぶ(世の中がみんなこうなのか?世界のペット界も同じか?)と考え込んでしまうのである。
また、長年に亘って犬を愛育してきた私には考えられなかった犬たちへの被服の世界の存在である。犬が服を着て街を歩く姿を初めて私が見たのは30年近く昔の盲導犬がレインコ−トを着装した姿で、その理由が「ホテルやレストランでの脱毛防止のためで、当時の世間に於ける盲導犬への無理解者への配慮である」と聞いた。確かに愛犬にカラフルな衣服や帽子、靴などを着せれば愛らしい格好に映るし、飼い主も楽しいとは思うし、そういう犬の楽しさもあるのだということも理解はできる。 しかし 「宅は50着持ってます」とか「私と○○ちゃんのペアルック30着持っている」などとテレビや雑誌で鼻高々に公開する芸能人や愛犬家の姿を見ると、つい私は(犬が望んでいますか?犬の気持ちを考えたことありますか?人間サイドの発想で犬は大迷惑では?)と渋い顔になってしまうのである。
初夏や盛夏の真昼の散歩時−飼い主は白いロング手袋に陽傘をさしている。 リ−ドの先には派手なTシャツを着た犬が暑さに嘆きながら歩いている。  思わず「飼い主サン!犬が可哀想!」と声をかけたくなってしまうような光景はその最たる究極の図なのである。
デメリットとしての体力消耗や皮膚炎の犬もいることを思えば知らなかった飼い主はぜひとも一考して欲しいと思う。 室内での脱毛防止は「一にも二にも散歩後のブラッシング」で防げるからである。
ほんの一例だが親交のあった某愛犬家が女性衣服のブティックを経営していたが不況で不振、思い切って犬の服その他の販売に切り替えたら驚くほどの一転「犬のお洋服は儲かるわ」とまたたく間に2号店、3年でセレブ婦人となったという実話もある。盛況店全国各地であちこちの散見が今の犬族お洋服着用の時代の裏事情である。

 加藤氏の犬猫保護活動は今年で20年目で里子に出した犬猫の総数は2400匹であるという。
里子は虐待したり老犬になったか、または病気で治療費がかさむから・・・等の理由で捨てられた犬猫ばかりであるが 、腹立たしいのはいずれも動物たちからすれば人間から受けた仕打ちと言える。
中には突然死や、介護になった飼い主など、何らかの飼えなくなった事情が発生した飼い主もいるであろう。

しかし、その多くは保護した氏に言わせれば(実に勝手な理由が多い)と言うのが実態である。
不幸な動物たちの命を助けたい、幸せにしてやりたい と一心不乱に続けた活動の20年、氏は述壊する。  「ほんの10年前までは保護犬の大半は雑種犬だった。何十万円もした純血犬の保護は皆無に等しかった。
今では高額で買った純血犬でも安易に平気で捨てる傾向が顕著で雑種犬とは逆転する勢いにすらなっている。
深くこの傾向を考えると現今に生きる日本人の心の歪みと恐ろしさが感じられる。 命軽視、自分本位で生きている人たちが増えている証拠ではないのか 」と結んでいる。
確かに、政治・教育・生活面などのすべてを考えても全く類似点を見る。 政界人、財界人、教育界を考えてみても真実、誠意が金に塗れている時代であり、日本人の心も不信と嘆きや怒りのためにキレてもいる。「だからと言って活動をあきらめてやめるわけにはいかない」と付け加えて述べた加藤氏の決意に私は心の底から新たに敬意を表する次第である。

 終わりに加藤氏へのますますの協力を誓うと同時に各位の支援協力を併せてお願いをし一日でも早く 捨て犬・捨て猫ゼロの日本 の到来の日を待ちたいものである

 

2007年9月吉日

                               Top